自己推進型イオンゲル

自己推進型イオンゲル​​​

ゲルを水面に浮かべると、強力で持続性のある力学運動を生じることを発見しました。外部からのエネルギー供給がないにもかかわらず運動を生じるこのゲルを、私たちは自己推進型イオンゲルと呼んでいます。現在、関連材料の自己推進力を調べ、その最大性能を見極めることや、ソフトアクチュエータやソフトロボティクスへの応用をめざした研究を行っています。

駆動力の源​​​​

昔から知られたおもちゃに「しょうのう船」があることをご存知ですか?船に見立てたプラスチック片の船尾にしょうのう(camphor)を固定し、水面に浮かべると、船が水面上を進みます。これはしょうのうが水面に溶出し、水の表面張力を変化させることによって、船首方向への駆動力が生じるためです。この現象は科学的には Marangoni 効果と呼ばれています。イオンゲルにおいても、イオン液体が水面に溶出して同様の効果により推進力が生じます。自己推進型イオンゲルに用いたイオン液体は水にわずかに溶解することを確かめています(もう一つの原材料である高分子は水に不溶)。また、ラマンスペクトル解析から、自己推進運動を生じた後にはイオンゲルからイオン液体が失われていることもわかっています。

強い駆動力と長い持続時間​​​​

自己推進型イオンゲルの駆動力は他の材料と比べて強いものです。例えば 10 mm の長さを持つ短冊状のイオンゲルは、1秒間に10回転程度の回転運動を示し、末端の速度は 300 mm/s にもおよびます。また水面上に浮かんだ構造物を、わずかな量の自己推進型イオンゲルを用いて動かすことができます。これはイオンゲルをエンジンとして利用できることを示唆しています。

イオンゲルの自己推進力は、長時間持続することも特長です。運動はモードを変えながら 104 s 以上継続します。最初の 100 s 程度は回転運動、続いて並進運動が主となります。103 s を過ぎるとイオンゲルは停止したように見えますが、数十秒程度のインターバルをとりながら時折動く、非線形運動が観察されます。この理由として、ゲルネットワーク中のイオン液体の不均一な拡散が挙げられます。運動開始初期はイオンゲルの最表面にあるイオン液体が速やかに水面に溶出して自己推進力が発現します。これを使いつくしても、イオンゲルの内部にはイオン液体が残っていて、これが拡散により最表面に移動して溶出することで「ときどきうごく」という生き物のようなふるまいをします。

自己推進力が継続する仕組み​​​

自己推進力は水面に溶出した分子がつくる表面張力の勾配に起因します。容器内の水面を分子膜が覆ってしまうと、もはや表面張力勾配が形成されなくなり、自己推進力が得られません。運動が継続するためには水面の分子が取り除かれる機構が必要です。

しょうのうは非常に昇華性が高く、水面のしょうのうは昇華により容易に取り除かれ、しょうのう船の運動が継続します。イオンゲルの場合は、樟脳の代わりにイオン液体が用いられています。イオン液体に昇華性はないので、しょうのうと同じ除去機構はあてはまりません。

私たちは、水面にあるイオン液体が速やかに水へと溶解することで、継続的な自己推進力を発現すると考えています。その証拠として、イオンゲルと同程度の面積しか持たない気液界面での運動を観察しています。例えば、水中にある気泡の表面でもイオンゲルは継続的な自己推進力を発現します。もしイオン液体が気液界面にとどまっているのならば、このような狭い気液界面はすぐにイオン液体分子で飽和してしまうでしょう。イオン液体は確実に気液界面から除去されています。除去後のイオン液体のその行先は、気体中ではないはずです。気泡は体積がとても小さいので、すぐに飽和蒸気圧に達するはずです(そもそもイオン液体は蒸気圧を持ちませんが…)。イオン液体の除去先は、結局、水中しかありえないのです。

私たちの仮説の実証実験過程で、気液界面の形とイオンゲルの形との組み合わせによって、さまざまな自己推進運動が誘起できることもわかりました。同じ水中の気泡でも、短冊状のイオンゲルは車のワイパーのような往復運動を示し、四角い小片状のイオンゲルは気泡の周囲の回転運動を示す、などの例が見られています。