脂質二分子膜を利用した2次元分子系の構築
動物も植物も、あるいは高等生物も単細胞生物も、生物はみな細胞を単位に生命活動を営んでいます。細胞には必ず内と外とを隔てる細胞膜があります。細胞膜はタンパク質や糖鎖などの様々な生体分子を含みますが、その基本構造は脂質二分子膜であり、すべての生物に共通する普遍的な構造です。細胞に存在する生体分子は、細胞膜内で変形したり細胞膜上で集合体を形成して細胞活動を行っています。このことは、脂質二分子膜もまた、流動性を有しているということです。脂質二分子膜は細胞のような球殻構造だけでなく、SiO2などの親水性表面に支持した平面膜(これを支持膜と呼びます)として存在することが可能で、その状態でも流動性は維持されています。
本研究では、脂質二分子膜を2次元分子系ととらえ、特に支持膜を利用した新規実験系の提案・実証を行っていきます。物理学が2次元電子システムを得て量子力学の実験的検証に成功したように、2次元分子系によって新たな研究領域を切り開きたいと考えています。
支持膜の作製方法
支持膜の作製にはいくつかの方法が知られていますが、私たちは主に自発展開法を用いています。自発展開とは、固液界面において脂質分子が自己組織化によって自発的に支持膜を形成していく現象です。時々刻々と細胞膜が形成されていくこの現象は、蛍光顕微鏡で肉眼で観察することができます。
自発展開の位置制御
自発展開は親水性の固体表面でおこる現象です。そこで固体表面に親水/疎水パターンを作製しておくと、自発展開は親水表面だけに生じます。これは、親水性表面に沿って自発展開を誘導する技術につながりました。
自発展開膜を分子の輸送に利用
自発展開膜の原料に混合した色素からの蛍光を顕微鏡観察することで、膜の形をみることができます。これはすなわち、自発展開膜が蛍光色素を輸送していると捉えることができます。この考え方を発展させて「自発展開膜を分子の輸送に用いるマイクロ流路デバイス」を提案、その動作の実証を行いました。
自発展開膜の形成のon/offを電場で制御
自発展開をマイクロパターン中に誘導することができると、次に「いったいどれくらい狭いスペースまで自発展開膜は通過できるのだろうか」という疑問がわきます。私たちはマイクロパターン内にナノギャップ電極を作製し、10 nm 程度の狭いスペースを自発展開膜が通過する様子を観察しました。ナノギャップ電極は金でできているので、構造体のみならず電極として用いることができます。ナノギャップ間に印加する電圧を on/off することで、自発展開を 停止/開始 することができることを明らかにしました。